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大阪地方裁判所 昭和35年(レ)188号 判決

控訴人(附帯被控訴人) チヱ子こと 高橋智恵子

右訴訟代理人弁護士 加藤充

同 佐藤哲

右訴訟代理人加藤充復代理人弁護士 酒井武義

被控訴人(附帯控訴人) 北川浅治郎

右訴訟代理人弁護士 南利三

同 山口俊三

右訴訟代理人南利三復代理人弁護士 岩田喜好

同 南逸郎

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴にもとづき控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し別紙目録(ロ)記載の附属建物建坪二坪を明け渡せ。

控訴および附帯控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

この判決第二項は仮りに執行できる。

事実

≪省略≫

理由

別紙目録(イ)、(ロ)記載の各建物が被控訴人の所有に属するものであること、控訴人が右(イ)の建物のうち階上六畳二室を昭和三一年六月二四日被控訴人から賃料一ヶ月金五、〇〇〇円、賃料の弁済期毎月末日の約定のもとに賃借し、現にこれに居住して占有していること、控訴人において昭和三一年八月一日以降の賃料を延滞していること、および、被控訴人が昭和三三年四月一四日付の内容証明郵便による書面によつて控訴人に対し昭和三一年八月一日から同三三年一月末日までの延滞賃料合計金九〇、〇〇〇円を同書面到達後五日以内に支払うよう、もし右期間内にその支払をしないときは本件貸室賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに条件付契約解除の意思表示をし、右書面が昭和三三年四月一七日に控訴人に到達したことは、いずれも弁論の全趣旨から控訴人において明らかに争わないものと認められる。もつとも当審証人高橋明子の証言および当審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)中には前認定の事実のうち昭和三一年八月分の賃料の支払について、控訴人はその次女高橋明子をして右八月分の賃料金五、〇〇〇円を被控訴人方へ持参支払わせた旨の供述があるが、右は証拠資料にあらわれたにすぎず、仮りにこれによつて控訴人が右八月分の賃料不払を争いこれを弁済した旨の主張をなしたものとみるべきであるとしても、右各証拠は、成立に争ない乙一号証≪中略≫によつて認められるつぎの事実、すなわち被控訴人は本件貸室賃貸借契約成立と同時にその昭和三一年六月分の賃料として日割計算した金額金一、〇〇〇円を受領し、ついで同年七月分の賃料をその約定弁済期の後である同年八月三日にいたつて受領したが、同年八月一日以降の賃料は被控訴人または松村太三郎の十数回にわたる口頭の催告にもかかわらずついにその弁済を受けられなかつたとの事実に照らし信用し難く、そうすると控訴人は右八月分の賃料も支払つていないものと認めるのが相当で、他に右認定を左右する証拠はないから控訴人の主張は採用することができない。

控訴人は、本件賃貸借契約の賃料については、地代家賃統制令の適用を受けるもので、この統制賃料額をはるかに上回る被控訴人の延滞賃料催告は過大催告であると主張するので考える。別紙目録記載の建物は、昭和一三年建築にかかる工場であつたのを被控訴人が昭和三一年三月から改造を加えて共同住宅としたものであることは本件当事者がこれを明らかに争わず、原審ならびに当審における各検証の結果に、原審証人松村太三郎の証言≪中略≫を総合すると、本件建物は、もと被控訴人の自家用工場であつて階下は工場、階上は倉庫として使用し、当時建物の外側は板張りで天井、内壁および階上部分を除いて床もなく、とうてい住居としての使用に供し得なかつたものであるところ、昭和三一年三月から約三ヶ月の日時と当時の金額で約金四五〇、〇〇〇円の工事費を要して、従来の板張りの外側を一部張り替え、新たに柱を付け加えてこれに内壁をつくり、天井、床、間仕切壁を設け、さらに玄関、便所、廊下、押入を加設し、階段、窓等をつけ替え、階下屋根板、のじ板の一部を張り替え、これに畳、建具、造作を造り加えて新たに階下二戸、階上一戸の共同住宅用建物として三世帯の居住に適するように改造し、旧工場当時のまま残つているものは外側の板張と柱の各一部および瓦葺屋根のみにすぎないことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。右認定の事実によると、本件建物は、もと工場、倉庫として通常人の住居に使用し得ない建物であつたのをその建築当時から約一八年を経過した後に約三ヶ月の期間と約金四五〇、〇〇〇円の工費を要しその内外にわたり大改造を施行したものというべく、このように従来人の住居に使用し得ない工場、倉庫等の建物にその建築後相当期間経過した後に多額の費用と日時を要して住居に使用し得るよう大改造を施行し、この改造が前認定のような程度にいたつたときには、単なる改良工事、用途変更の場合と異なりこれにより社会経済上旧建物との同一性を失い住宅の新築と同視すべきであるから、本件建物は、共同住宅用建物として昭和三一年三月新築されたものとみなして地代家賃統制令二三条二項二号により同令六条、七条にかかわらず同令の適用除外物件となつたものというべきである。そうすると、本件賃貸借契約における賃料は、当事者間の合意により自由に定められるべきもので、この合意により定められた額が一ヶ月金五、〇〇〇円であることはすでに認定したことであり、被控訴人のなした前示昭和三三年四月一七日到達の催告は控訴人の賃料延滞にかかる昭和三一年八月一日から同三三年一月末日までの間の一ヶ月金五、〇〇〇円の割合で計算された金額であること計数上明らかな金九〇、〇〇〇円の支払を求めるものであるから、もとより右催告は正当でこれを過大催告と認めるに由なく、過大催告を前提として催告と同時になされた条件付契約解除の意思表示を権利の濫用とする控訴人の主張はこれを採用できないことが明らかである。

控訴人は、また、本件賃料の不払については当初被控訴人において受領遅滞の状態にあつたにもかかわらず、この受領遅滞の状態を解消させる努力をせず、突然その延滞賃料額が控訴人において一時に支払えない程の巨額になつた頃をみすまして僅か五日間の催告期限を付して催告ならびに契約解除をなすにいたつたものであるから、右契約解除の意思表示は信義則に反し無効であるとする。しかしながら、すでに認定した事実に、原審証人松村太三郎の証言≪中略≫によると、控訴人は、昭和三一年六月二四日本件賃貸借契約成立の際に同日以降の六月分賃料として日割計算した金一、〇〇〇円の支払をした後は、同年七月分についてその約定弁済期限である同月末日までに支払わず、このため被控訴人は右賃貸借契約の仲介をした松村太三郎を通じて右賃料の支払を口頭で催告し、同年八月三日にいたつてようやく七月分の賃料の支払を受けたが同年八月分からは被控訴人自らないし右松村太三郎を通じての再三にわたる口頭の催告にかかわらず控訴人はただ「待つてくれ。」というばかりで賃料の履行はもとより履行の提供もなく、したがつて被控訴人においては控訴人の賃料弁済の提供につきこの受領を拒絶したこともなかつたことが認められ、右認定に反する当審証人高橋明子の証言および当審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)は、右各証拠を除いた前示各証拠に照らし信用できず、他に控訴人が昭和三一年八月一日以降の賃料を弁済ないし弁済の提供をしたことを認め得る証拠はないから、本件賃料の不払につき被控訴人においてまず受領遅滞があつた旨の控訴人の主張は理由がなく、そして延滞賃料金九〇、〇〇〇円の金額につき五日間の催告期間は本件の場合相当であつてこれを不当に短期の催告期間であるとはいい難く、他に被控訴人の催告ならびに条件付契約解除の意思表示が信義則に反するものと認め得る資料もないから、控訴人のこの点の主張も採用するに由ないものといわなければならない。

そうであれば、被控訴人のなした昭和三三年四月一四日付書面よる催告ならびに条件付契約解除の意思表示により本件賃貸借契約はその催告期限であること明らかな同月二二日限りで解除されたもので、控訴人は被控訴人に対し賃貸借契約解除にもとづく原状回復義務の履行として別紙目録(イ)記載の建物の階上六畳二室を明け渡し、かつ、昭和三一年八月一日から賃貸借契約解除にいたる昭和三三年四月二二日までは賃料として、その翌日である同月二三日から右階上六畳二室明け渡しにいたるまでは賃料相当額の損害金として一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による金員の支払義務のあること明らかであるからこれを求める被控訴人の請求は、第三者の同居を原因とする契約解除の主張についての判断をまつまでもなく、理由があるとして認容すべきものである。

つぎに、被控訴人の附帯控訴について考えるに、控訴人が別紙目録(ロ)記載の附属建物を占有していることは当事者間に争がなく、成立に争ない甲一号証≪中略≫の全趣旨によると、右附属建物は、別紙目録(イ)記載の建物の北東隅にこれに密着して建てられ、戸外から控訴人の賃借していた前記階上六畳二室へ通ずる唯一の通路として玄関ならびに階段が設けられ、かつ炊事場として利用し得る状態となつており、現に控訴人が右階上六畳二室のため玄関、炊事場として利用して占有していること(控訴人が玄関、炊事場として占有していることは当事者間に明らかに争がない。)別紙目録(イ)記載の建物は、共同住宅であるが、他の賃借人の賃借部分については、それぞれ各別に玄関、炊事場が設けられていて右附属建物を控訴人以外のものが使用し得る状態にないこと、本件賃貸借契約書において特に階上六畳二室のみを賃貸借の目的とするものと明示されておらず、右附属建物を賃貸借の目的から除外していないこと、以上の事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。右認定の事実によると、右附属建物は、前記階上六畳二室の賃借利用と密接不可分な関係にあるから、右附属建物も本件賃貸借契約の目的に当然含まれるものというべきであるが、本件賃貸借契約は、すでに賃料不払を理由として解除されたものであること前示認定のとおりであり、他に控訴人の右附属建物の占有を正当ならしめる理由についてなんらの主張、立証もないから、控訴人は、被控訴人に対するなんらの権限なく右附属建物を占有しているものというべく、被控訴人の所有権にもとづく右附属建物の明渡を控訴人に対して求める附帯控訴は理由がある。

以上の次第であつて、被控訴人の請求を認容した原判決は正当で、本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条に従いこれを棄却すべく、被控訴人の附帯控訴は理由があるから認容することとし、控訴および附帯控訴費用の負担につき同法八九条を、附帯控訴についての仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 大久保敏雄 鈴木清子)

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